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時間=命 だと実感した時の後悔は取り戻せない

僕がまだ10代だった頃のある夜、両親から命の終わりを告げられました。

「おじいちゃん、あと半年くらいしか生きられないんだって…。」と。

そこで初めて、「時間=命」なんだなと思い知らされたんですよね。

僕のおじいちゃん

僕が幼い頃に初めて覚えた料理として、
目玉焼きを作るのがマイブームな時期がありました。

当時はまだ8歳くらいだったので、周りがどう思っているのかも考えずに、とりあえず作ったから食べて!と自慢げにすごしていたんですよね。笑

 

おじぃちゃんは、そんな僕に嫌な顔せず「将来お前は料理人になれるぞ!」と言って褒めてくれました。

僕はそこから20年以上経った今でも、その時の嬉しい気持ちが残っていて、それ以来、誰かに喜んでもらうということが好きになっていました。

 

でも…

もしかしたら、
そんな大好きなおじいちゃんが、あと半年で居なくなってしまうかもしれない。

 

突然にそう告げられても、当時の僕は上手く理解ができなくて、それが「二度と会えなくなる」ということだとは思えませんでした。

今思えば、もしかしたら気がついていたけれど、
そのことが怖くて目を背けていたのかもしれません。

 

両親からの突然の告白から一夜が明けて、
翌日は両親に連れられ、おじいちゃんの入院している病院に向かいました。

どんな状態なんだろう。と、
病室に向かうのが少し怖かったことを、今でも覚えています。

 

そんなおじいちゃんの病室が近づいてくると、
病室の外には聞き慣れた声が漏れていました。

それは、間違いなくおじいちゃんの声です。

 

おじいちゃんは声がとても大きく、
実は唯一そこだけ僕は苦手でした。笑

でも、今回ばかりはその大きな声が聞こえてきたことで、「まだ元気そうだ」と顔を見る前から様子を知ることができたんですよね。

 

病室に入ると看護婦さんと話しているおじいちゃんが居て、パジャマを着ていること以外は、声も大きく、よく笑う、いつものおじいちゃんでした。

本当に病気なの?と疑うほどです。

 

ですが、会話を進めていくうちに、

「今日でお別れかもしれんわ」
「半年も生きられるかなぁ」と、

おじいちゃんらしく冗談を交えながらも、
どこか悲しげな表情で、窓際から外を眺めていたことを覚えています。

 

おばあちゃんも看病に付きっきりで、
少し疲れた表情をしながらも、おじいちゃんが居ないところでは涙を流す姿もありました。

 

それから10年後

実は、おじいちゃんの余命半年が告げられてから、10年以上が経過していますが、この記事を書いている2019年の3月5日現在、おじいちゃんは未だ生きてくれています。

ただ、食道ガンが発症したことによって、胃に転移をしてしまい、
重症であることに変わりはありません。

 

その間に僕がおじぃちゃんに会いにいったのは、わずか数回程度でした。

 

というのも、

おじいちゃんの病気が発覚してから数年後の、

当時20歳になった僕の家庭では、両親が離婚することになり、それによって僕も実家を出たことで、家族がバラバラになってしまったんですよね。

 

元々は家族でよ、くおじいちゃんの家に顔を出していたのですが、両親が離婚してからは当然ですが、家族揃って会う事は無くなり、僕もどこか会いに行きづらい気持ちになっていたんです。

心のどこかでは、
おじぃちゃんに会いに行かなきゃと思うものの、

会社員になったばかりの僕は、
仕事の忙しさを理由に顔を見せに行くことすらしませんでした。

 

そんな生活が続くと、次第におじぃちゃんのことを考えることも無くなり、

ふとした時に思い出したとしても、

久しく顔を見せていない後ろめたさも感じていたこともあって、

今更どうやって会えばいいのか分からなくなっていました。

 

「いつか会いに行こう。」

 

そうは思うものの、妻との結婚報告すらしていなかったし、
もしかしたら、病気で僕のことも忘れてしまったかもしれない。

そんな恐怖も感じて、踏み出せずにいました。

 

そんな生活を続けながら、気がつけば6年が経過していました。

実はこの記事を書いている前日に、
6年ぶりにおじいちゃんに再会をしたんです。

 

もうすぐ…

おじぃちゃんに会に行ったきっかけは、父からの1本の電話でした。

 

「じいちゃん、次のオリンピックまで持たんかもしれんわ。顔を出したってくれんか」

「次にオレが電話する時には、そういう時かもしれん。」と。

 

いつかそんな日が来ることは分かっていましたが、
改めて看病をしてきた父から言われると、「もうすぐなんだな」と実感をさせられました。

 

正直、会いに行くのが怖かったです。

 

どんな顔をして会えばいいのかも分からないし、
おじいちゃんの病状を知るのも怖かった。

ちゃんと会話出来るのかな?
僕のこと分かるのかな?

 

そんな不安はありましたが、
”二度と会えない”という後悔を考えると、

今しかないなと思い、6年ぶりに会いに行くことにしました。

再会

父が前もって、僕が会いに行くことをおじぃちゃんに電話してくれていたのですが、

向かうために運転する車の中でも、

「どんな声をかけよう」と頭がいっぱいで、
結局答えの出ないまま、おじいちゃんとの自宅に到着しました。

 

インターホンを押すとまずは、おばあちゃんが出てきてくれたのですが、
その時の僕の、第一声は「久しぶり〜」でした。笑

 

おばあちゃんは6年も会っていないのに、当時とほとんど変わらず、77歳とは思えないくらい、しっかりとした足取りで迎えてくれたことに、僕も少しホッとしました。

しかし、そこにおじいちゃんの姿はありません。

 

もしかして、もう寝たきりなのか…?

そんな不安から、心臓の鼓動が早くなったのを感じました。

 

ですが、すぐにおばあちゃんが隣の部屋から呼んでくれて、おじいちゃんは自分の足で立って会いに来てくたんですよね。

 

「死ぬ前にお前の顔見れて良かったわ。忘れかけとったぞ。」と、

おじいちゃんの第一声は想像よりも、ずっとしっかりとしていて、ちゃんと会話が出来ることにホッとしました。

 

発病当初の食道ガンが胃に転移してしまったこともあり、丸々と太っていたおじいちゃんも、とてもやせ細っていましたが、それでもちゃんと、僕のおじいちゃんで居てくれたんです。

 

それからは、おじいちゃんの病気のこと、
毎日の生活、おばあちゃんの愚痴や、僕の幼い頃の話をたくさんしてくれて、

会いに行けなかった6年という時間を、あっという間に埋めてくれました。

 

ただ顔を見せに来ただけなのに、

おじいちゃんも、おばあちゃんも、とっても嬉しそうな表情で話してくれて、話をしているうちに、「今まで僕は何を悩んでいたんだろう」と、後悔の気持ちが押し寄せてきました。

 

時間の流れは命の終わり

会いに行けなかった6年の間に、もしおじいちゃんが居なくなっていたら、僕は一生後悔していたと思います。

同時に、6年間も会いに行けなかったことを今、悔やんでいます。

時間が流れるということは、
命の終わりに向かっているということなんだと、実感したからです。

 

どれだけ頑張っても、おじいちゃんに会えるのは、おじいちゃんの人生が終わるまで。

 

毎日を当たり前に生きてきて、
たくさんの時間をムダに過ごしてきてしまった僕にとっては、

おじいちゃんが生きているということで、
時間の流れが命そのものなんだと実感をすることが出来ました。

 

もしかしたら、これが最後の会話になるかもしれない。

 

そう思うと、その場を離れることすら惜しいと感じていたのですが、帰り際に「また来るね!」と約束をしたので、必ずまた、おじいちゃんの笑顔に会いに行きます。

 

今度は、絶対に後悔をしないように。
毎日を大切に生きよう。

そう決意した一日でした。

 

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